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富士山写真と報道写真の2テーマ
 2000年11月15日常設ギャラリーが本館3階にオープン致しました。
 報道写真と富士山という二つのテーマによる写真美術館は世界にも例がありません。
 浜口タカシ氏の常設ギャラリーはここだけのものであり、一見の価値があります。
 「富士山天地」
 
 富士山を撮り始めたのは、1983年頃中国残留孤児から富士山の写真が欲しいと頼まれたこと
 がきっかけとなる。
 以来、現地を訪れること300回を越え、その撮影枚数は6万枚にも及ぶ。
 富士山の全貌とそこに暮らす人々の生活を報道写真家の視点で捉えた。 


 「報道写真家の目」

 写真家として50年、戦後ドキュメント日本を捉えてきた。
 広島・長崎原爆地から、大震災、北海に生きるなどを記録し、後世に残すことを
 使命としてきた。 

 
 浜口タカシプロフィール

1931年   静岡県生まれ。横浜在住。
1963年   日本報道写真連盟横浜支部会長
1965年   日本写真家協会会員。
1966年   横浜美術協会審査員
1969年   神奈川二科会会長
1970年   神奈川報道写真連盟審査員
1972年   県美術展審査員。
1973年   二科会写真部会員、審査員
1974年   関東写真実技学校創立
1978年   「APA国際写真展金丸賞」
         「アメリカ報道写真家協会賞」受賞
        「日本写真協会賞」「日本報道写真連盟賞」「横浜文化賞」などを受賞。
        「記録と瞬間」「中国残留孤児の記録」「富士山天地」「報道写真家の目」など著書多数。
1982年   神奈川県写真作家協会副会長
1984年   日本カメラ月例審査員
1987年   日本写真家協会JPS展審査員
2000年   浜口タカシ写真美術館解説。



●主な受賞
1964年   全日本毎日写真展総理大臣賞受賞
1965年   アサヒカメラ「日本の姿」第一位受賞
1968年   〜1972年二科展会努力賞2回受賞
1969年   モスクワ国際芸術報道写真展銅賞受賞
1978年   APA国際写真金丸賞・アメリカ報道写真家協会賞受賞
1979年   第1回日本報道写真連盟賞
1987年   厚生大臣感謝状(中国残留日本人孤児取材)
1988年   日本写真協会賞受賞

●著書
1969年   「記録と瞬間」
1969年   「大学闘争70年安保へ」
1972年   「市電の詩」
1978年   「戦慄の成田空港」
1982年   中国残留孤児の記録「37年目の再会」
1983年   中国残留孤児の記録「再会への道」
1985年   「北海讃歌」
1985年   中国残留孤児の記録「二つの祖国」
1986年   中国残留孤児の記録「祖国よ母よ」
1987年   「ドキュメント日本・激動の日々35年」
1990年   「横浜ベイブリッジ」


       
 富士山は標高3776メートル日本一高い独立峰である。
白峰富士の優美に輝く雄大な姿は日本の象徴であり、諸外国からも
マウントフジとしてしたしまれている。
昔より富士山は多くの人たちが心のよりどころとした信仰の地でも
あり、日本の姿にはなくなはならない荘厳な山である。
 霊峰富士の姿を富士五湖からの麗姿を始め、田園風景や花々、雲
上にそびえる三つ峠の富士など四季折々にあらゆる角度から撮らえ
た秀麗富士の作品があります。

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